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歴史の軌跡

 サオ族に伝わる伝説によると、千百年ほど前、一群のサオ族の人たちが一頭の珍しい白鹿を発見した。それを追い駆け、谷を渡り、山を越えて水沙連の山中に分け入ると、そこに日月潭を発見した。彼らはその環境のよさに感動し、一族をあげて移住を決意したという。

 日月潭および魚池・頭社・埔里を含む一帯はかって「水沙連」と呼ばれていた。サオ族は早期にこの地に移り住んだが、清代の嘉慶・道光年間になると、漢人と平埔族の一群が大挙して入植し、水沙連の複雑な民族地図が形成されていく。
 

 日本時代には発電所が建設され、濁水溪の上流から日月潭に水が引き込まれた。そのため日月潭の水位が高くなり、今日のような大きな湖となった。また、その工事のために周辺の道路が整備され、日月潭への交通は一気に便利になったため、観光地としての日月潭が勃興することとなった。

 第二次大戦後、日月潭の周囲には玄光寺・玄奘寺・慈恩塔・文武廟などが次々に建設され、多くの観光客が訪れるようになった。付近には原住民であるサオ族の居住地や、日本時代から残る水力発電の施設があり、いまや日月潭は台湾を代表する観光名所となっている。 

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